バカ者から生まれたプロジェクト②

バカ者から生まれたプロジェクト②

φ0.1㎜極小部品加工プロジェクト
年本 眞人(1998年入社)

未経験から、トップの技術者へ

加工技術に定評のあるサンケイエンジニアリングの中でも、トップの経験と実績を持つのが年本である。普通科出身、ガソリンスタンドとクーラー取り付けの経験しかなかった年本がなぜサンケイエンジニアリング随一の職人に成長したのか、その仕事に対するスタンスや進め方から紐解いていこう。

「最初は先輩に誘われて何となく、ですよ。屋内作業なんで夏は涼しく冬暖かい、給与もそこそこだしボーナスも出るって言うんで、ほんと? じゃあ行く! って(笑)。まあ、工具の名前とかネジの締め方とかくらいは知ってましたけど、その程度ですよ。専門知識なんて全然なかった」

右も左もわからぬまま始めた仕事。しかも当時(1998年)は教育体制も整備されておらず、先輩から十分な指導も受けられなかったという。

「だって、朝フラッとやってきて、じゃあよろしく〜って本社に行っちゃうんですから(笑)。でも。よろしくって言われたからには頑張るじゃないですか。でもスキルがないから時間内に全然終わらなくて。先輩が夕方見に来るんですけど、ま、明日の朝までにできてればいいからさ、とか言って帰っちゃう(笑)。ちょちょちょ、って(笑)」

今の常識に照らせばあまり褒められた環境ではないが、こういった環境の中で年本は、自ら学び、試行錯誤し、メキメキと技術を身につけていった。

 

失敗したからこそ、身につくもの

恵比寿のプロジェクトでも触れた直径0.3mmのコンタクトプローブを作成する際、年本は最も重要な部品であるプランジャー(コンタクトプローブの先端部分)の加工を担当することになった。しかしこれは、年本の技術を持ってしても簡単に実現できるものではなかった。

「プランチャーっていうのは、四角い金属の先端をバイトっていう工具を使って削って作るんです。この先端の精度がとにかく大事で、以前は超硬度の高い、高価も高いバイトを使った。でも髙い硬度なのにどんどん摩耗するんですよ。なんでだろうなんでだろうって思いながら何十時間も削って。後でわかったのは、バイトと削る金属の相性が悪かったんですよ。こんな風に、身をもって知る。それの繰り返しですね」

金属の種類を変えた結果、作業効率が劇的にアップ。無事プランジャーを量産できる体制が整った。そしてこの時の経験が、後に直径0.1mmという極小コンタクトプローブの製造に挑戦する際、非常に活きてくるのである。

 

好きだからやる、より、悔しいからやる

「以前に嫌になるくらい髙硬度バイトと向き合ったでしょ? 散々失敗したからこそ、知識が蓄積された。だからφ0.1㎜の時は比較的スムーズにいきました。ただねまた別の問題が現れまして」

別の問題。それはズバリ……

「見えないんですよ!(笑)。もう人間の目では見えないんです。以前は見えたんですけどね。だから変な話、作れてるはずなんだけど、それを目で確認できないっていう(笑)。ここが一番苦労しましたね。でも、なんとか探し出して、チェックしてって地道にやってます」

試練に負けない。年本はなぜ挑み続けることができるのだろうか。

「夢中になれるとか、そんなキレイな話でもないんですけど。でも、悔しいんですよ。できないと、めっちゃ悔しい。なんでできねえんだよ! って頭にくるっていうか(笑)。だからできるまで頑張る。そういうことなんじゃないですかね」

こんなスタンスでひたすら技術を磨いてきた年本を、笠原社長はこう評価する。

「年本の加工技術、そしてそれに裏打ちされたコンサルティング能力は、すぐにでもビジネスにできると思ってます。ビジョン対談でも話したけれど、年本が50歳を迎えるころには、ひとつの事業として成り立っているんじゃないかな。それに、未経験からここまで成長したプロセスをマニュアル化して販売したり、年本自身が講師として外部に出向いていくのもいいね」

一人の技術者から、様々な新ビジネスの責任者へ。まさにサンケイエンジニアリングのビジョンを体現するような人材だ。

 

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